──伯壬旭著『セブンレイズ・サイコロジー』1985年刊より
私は学校教育について、かなり根深い怒りをずっと持っている。
自分の資質を伸ばしてくれなかった教育制度について、一回ぶっ潰して根本から変えなければ駄目だと思っている。
「自分の資質を伸ばしてくれなかった」──これをポジティブな姿勢・発言だと捉える方がいるかもしれない。そんなものは自己責任だ、責任転嫁だ、と思われるかもしれない。
そんなことはない。
それは教師の責任であり、教育制度の責任だ。
教育者自身がつまらないバカ共だ。今思い返してみたが、やはりくだらないバカ共だ。そんな教育者に何が教育できるというのだ。今の私に、何の役にも立ってない。(ただ、小学校ではそれなりに教育してもらいました。それは感謝しています。)
中には、良い教育者もいるかもしれない。でも例えいたとしても、そんな教師は少数だろう。少数では駄目だ。全員がそうでなければ駄目だ。教育者の資格が無い者が教育者になる、そんなバカな制度を叩き壊さねば駄目だ。
良い教育者とは何か? 冒頭に挙げた通りだ。
学校の校長がスリをしただの、教え子をストーカーしただの──そんな言語道断の輩を取り締まるだけでは駄目だ。
教育者自身が、自分のテーマを追い続ける姿勢を持たずに、教え子に教育などできるものか、イマジネーションを刺戟できるものか。
これを読んでいる教育者がいれば問いたい。
あなたは子供のイマジネーションを刺戟しているか?
どうせ受験勉強でもさせているんだろう。役にも立たない知識を教えて、「それが現実だ」とか“ことば”を吐き散らして。
辞めてしまえ。死んでしまえ。
死んで、そして、真の教育者に生まれ変われ。
教育の体制を変えなければいけない。
そのためには日本が一度メチャクチャにならなければ駄目だ。
日本に住む全員の意識を根底から一新しなければ駄目だ。
──近いうちに、そうなる。
女子中校長が電車内ですり=窃盗容疑で逮捕−警視庁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080317-00000090-jij-soci
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こんな考えが教師の言動から見え隠れしているのを、あたしは子供ながらに怒りを覚えていました。
で、大学のころ、教員課程を取っていた奴に言ったら、案の定、相手は逆切れしました。
やっぱそういう考えだったんだ、とあたしは密かに思ったのでした。
コメントありがとうございます。
私は教師がそんな風に思っているとは、全く気付きませんでした。驚きです。
師匠と弟子という関係で考えた場合、
学ぶ側に礼がなければ、師匠が怒るのは当然です。
しかし、弟子が師匠に頭を下げるとき、師匠も弟子に頭を下げているのです。一方通行ではまったくありません。
教師と生徒も同様の関係でしょう。
自分で追求することをしない今の教師=偽師匠だから、そのような愚かな思考になるのかもしれません。