という標識(?)を子供の頃から良く目にしていた。
学校への登下校の途中にある家の軒下なんかに張ってあった。
ちびっ子の私は、別にこれを見ても、何とも思わなかった。
本当に、なんにもそこから感じなかった。
「そうだよなー」
とも
「何を言ってるんだ?」
とも、そういうのは、何も無い。
カラッポ。
“無”というのは、本来「真空」であり、それは「無尽蔵のパワー」そのもので、エネルギーが充実・充満ものであるが、それの似て非なるものに、偽の無というものもある。
カラッポの空洞である。何にも無いの無。
“世界が平和になりますように”
この標語から感じられるのは、カラッポの空念仏である。
自分の周りの人や環境を変えたいのであれば、
自分自身が言葉を発し、行動しない限り、変わらない。
ましてや世界など、変わる筈が無い。
祈ってどうなる。バカ。
言葉は頭からは出ない。ハートから出る。
頭から出た言葉に力は無い。偽の言葉。それを“ことば”という。
ネットで訳の分からない「いたずら書き込み」も増えている。
基本的にネットは“ことば”の世界だ。
現実世界で言葉を吐けない者がネットで“ことば”を吐き散らす。
もちろん、ネット世界でも言葉を発している人は多い。
しかしこれからは、それだけでは足りない。
ネット世界だけでなく、現実の世界でも言葉を発しているか?
それが問われる時代になっている。
というか、そんなことは当たり前のことなのだが。
言葉を発するものは世界を変えて行くだろう。
“ことば”を発するものは地獄の底に堕ちてしまえ。
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